ホームズはアマチュア探偵?
ということを書いてあった。新聞の書評コラムに引用されるかたちで。話の本筋とは関係ないけれども、その非を諭しておこう(って、ちょっと言ってみたかっただけ。名指しはやめておく)。
シャーロック・ホームズは自分の祖先について:
My ancestors were country squires, who appear to have led much the same life as is natural to their class.
僕の先祖はスクワイアでね、みな階級相応の人生を送っていたらしい。
"The _Gloria Scott_" by Arthur Conan Doyle
てなことを語っているから、勘違いされたのかもしれない(スクワイアはジェントリより下の地主階級*1)。
しかし、「祖先が地主」とは言っても、「親が地主」とは言ってない。もしかしたら彼には兄がいて*2、その兄がホームズ家を相続したということもありうるのだが、仮にそんな人がいたとしても、シャーロックとはそうとう折り合いが悪そうだ。地主階級相応の生活をするような人たちからすれば、職業探偵なんていかにも胡乱だろうし。
大学の同窓で、英国有数の貴族レジナルド・マスグレーブが尋ねてきたとき:
'But I understand, Holmes, that you are turning to practical ends those powers with which you used to amaze us?'
'Yes,' said I, 'I have taken to living by my wits.'『ところでね、ホームズ、むかし僕らを驚かせたあの能力を、今は実地に活用しているんだろう?』
『そうさ』僕は言った。『自分の知恵で生きていくことにしたんだ』"The Musgrave Ritual" by Arthur Conan Doyle
こんなことも言っている(原本は例によってP.G.)。ただ事実を言っているだけのようにも聞こえるが、そこに若き日の彼の複雑な心情――自分の能力に対する誇りと、そのいっぽうで拭いがたい身をやつした劣等感がないまぜになったような――を感じるのは僕だけだろうか?
ホームズはアマチュアリズムの精神で仕事をしていたけれども、実際のアマチュアではないのだ。いかにも高等遊民っぽい彼だが、お金にはわりあい不自由していたのではないか。大学を中退した(らしい)のだって、性格のせいというよりも財政的な問題かもしれない。そもそもワトスンと同居することになったのは、家賃を折半してもらうためなのである(その後そうとう荒稼ぎしたらしく、家を買い取れるほどの額を支払ったらしいが)。がめついわけではないけれど、支払い能力がある人間にはふっかける。ぜいたく趣味とはいえ、浪費家というほどではなさそうだし、それでなんとかやっていけたのだろう。
ところで、僕が懸念しているのは、"The Blue Carbuncle"の賞金一千ポンドが、本来の拾得者ピータースンに渡ったのかな、ということである。「ホームズはそんなみみっちいことしないよ!」と言いたいところだが、"The Six Napoleons"では「ボルジアの黒真珠」なる宝石を10ポンドでくすねてるよ。