言語は思考を規定する。言語が思考を阻害する。
前回のエントリで、自分の素人創作について語ったのと相前後して、妙に「処女作」という言葉をあちこちで聞いたので、もともと気になっていたこともあり、ひとこと書いておこうと思う。
何が気になったのかというと、
しかし、作る前が処女だったわけで、発表してしまっているんだ。正しくないんじゃないのか。たとえば出版物であったなら、本屋に並ぶまでにも多くの人の目に触れ手を渡る。その過程そのものはすでに処女喪失のイニシエーションだ。
出版によって、処女だったその作家は大人になるのだ。つまり、その作品は処女作ではなく、処女でなくなる一歩だったのだ。
これからは処女作と呼ぶのはやめて、破瓜作と呼ぶのはどうだろう。初めて作ることの痛みや喜びも表現できる言葉だと思うのだ。人によっては失望を味わうこともあるし。
処女作 - 中野の鼻
http://www.argas.net/~nakano/item/1633
いや、そういうことではなく。
処女作はあるのに童貞作は何故ないのか - 最終防衛ライン
http://d.hatena.ne.jp/lastline/20090129/1233230528
いや、これも違くて。
さんざん言われていることなのだが、
しょじょ‐さく 〔シヨヂヨ‐〕 【処女作】
初めて制作した、または世に発表した作品。
「処女作」デジタル大辞泉の解説 - コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E5%87%A6%E5%A5%B3%E4%BD%9C
いいじゃないか、「初制作作品」か「初公表作品」*1で。
「処女作」がいけないのであれば、オリーブ油のバージン・オイルもダメということになる。
リベラル21 放送禁止用語
http://lib21.blog96.fc2.com/?mode=m&no=670*2 http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-670.html
そりゃあちょっと違うんじゃないですかね。先だっての「最終防衛ライン2」でも言及されているけど、英語じゃ処女も童貞も"virgin"なので(「処女作」は英語では"virgin work"ではなく"maiden work"だが、ニュアンスは同じようなものだろう)。
英語辞書によると"virgin"には、「使用されていない」「未使用の」というような意味があるとのことだが、これはもともと"virgin"の語源となったラテン語"virgin-, virgo"(young lady)から転じた使い方ではないかと思う。つまりけっきょく"virgin peak"(処女峰)、"virgin snow"(踏みしめられていない積雪)など「男性によって征服されるもの」的なニュアンスが込められているような感じがする。そういうわけで、「政治的な正しさ」という面ではまだ疑問符がつくが、"virgin blade"(未使用の刀)とか"virgin cray"(未使用の粘土)とか、日本語では「処女」で表わさないようなものにも使っているので、まだ一貫性がある。意地でも形容詞にしようという執念を感じる。それはそれで批判してもいいところだが、英語圏の問題なので、いまいち英語がダメな人間としてはまたいずれ考える。
で、日本語。
そもそも「処女作」という言葉は"maiden work"の翻訳語だろうと思うのだが、どうだろう。*3
だとすれば、いったいどこのおっさんだ、翻訳したのは。 (←これも性差別的発言か)
ちょっと話は逸れるけれども、先に言及したエントリには、
「黒人」は、アメリカではblack というかわりに African American または Afro-American と言い換える。しかし日本では「黒人」と呼ぶのが一般的で「アフリカ系アメリカ人」などの表現はあまり聞かない。以前、"Black is beautiful." という黒人運動もあり、さらに最近では黒人大統領も誕生したので、黒人であるという自覚と誇りが黒人一般にまで浸透しているにちがいない。黒人俳優シドニー・ポワチエ、黒人演歌歌手ジェロ、キング牧師、オバマ新大統領など私は大好きである。「黒人」という日本語は普通のことばだと思う。
リベラル21 放送禁止用語
http://lib21.blog96.fc2.com/?mode=m&no=670*4 http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-670.html
ともあった。そりゃあ、マルコムXが「私にはあなたたちの肌が黄金のように輝いて見える」てなことは言ってましたがね。
「『アフリカ系アメリカ人』などの表現はあまり聞かない」と、この人は言うが*5われわれ日本人が自らを「黄人」と呼んでいるなら、「黒人」「白人」も、ことさら差別的なニュアンスではないかもしれない*6。しかし、そうではない(「黄色人種」ならあるけれど)。
英語ではBlackやWhiteと同様、Yellowでモンゴロイドを指し示すことができるのに、なぜ「黄人」という日本語がないのか? 「黒人」「白人」という言葉が日本語としては「ふつう」なのに?
「黒人」「白人」という言葉が、おそらく日本人からすればちょうどよかったのだろう。ポリティカリーコレクトネス的にいうところの「ペールオレンジ」*7が、ながらく「肌色」と呼ばれていたのと同じ理由だ。「外人」は「白い」か「黒い」かどっちかで、自分たちが「普通」なのだ、という。
しかし、そもそもいまの時代、そうすっぱり「白人」「黒人」と言えるのか。一滴主義のアメリカで、バラク・オバマが「白い黒人」などと呼ばれているねじれ現象についてはどうか。というかじゃあアラブ人は何色なのか。人類は、この先も「白人」「黒人」といったカテゴライズのある社会で生きていくつもりなのだろうか。肌の色で差異を呼び表す言葉は、白か黒かでしかものごとを認識していなかった時代のこと。わざわざ現代人が乗っかることではなかろうと思う。耳の形状や、指紋の渦巻よりは身体能力に差の出る違いかもしれないが、あと千年もすれば環境の画一化と混血でなくなるような概念だ。
――そして話を戻して、(「処女作」を"maiden work"の明治時代あたりの翻訳語という仮定で話を進めるが*8)「黒人」「白人」のように、「処女作」という言葉を日本語に導入した理由は? それは「未開拓」であることを女性の処女性になぞらえ、男性に征服されるものとみなす男性優位的文化が、西欧でも日本でも同じだったということでは?
そして、そのような文化のもと使いはじめられた言葉を、あえていまだに使い続ける理由は?
言葉は言葉でしかない。言葉には制約があり、森羅万象をすべて言い表すことはできないし、我々自身の限定された観念を超えて表現することもできない。
だからこそ、ひとこと発するだけでも気を使いたい。
言語は思考を制約するだけではない。足を引っ張りさえする。
言語に込められた陋習が我々を引き戻そうとする。
ちなみに僕の初制作作品は、小学校か中学校のころに書いた、
おしゃべりな爆弾
http://p.booklog.jp/book/591
です。
タイトルはアン・マキャフリィ作
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これが、アン・マキャフリィの初公表作品なら、なにか縁を感じたところだけど、世の中そう都合よくはいかないものですな。
……
うん、確かに言いにくいね!
はつせいさくさくひん、はつこうひょうさくひん。
「はつ」が言いにくい。
トランスフォーマー的余談
というか黒のなにが悪い。
今度、TFトイ新シリーズ「ユナイテッド」が始まるが、
トランスフォーマー ユナイテッド22 レーザーオプティマスプライム
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かつてトランスフォーマーカーロボットで、オリジナルG2コンボイ(オプティマス)を黒くしたリペイント商品の
[rakuten:jasana:10004934:detail]
があった(なんだこの現行価格)。レビューはこちら。
ここから「赤いオプティマスプライム(コンボイ)」「黒いネメシスプライム(ブラックコンボイ)」というタカラ(現タカラトミー)のリペイントコンボイ商法(あとリペイントジェットロン商法)が露骨になっていくわけだが、
出るんだろうなあ。ユナイテッドG2オプティマスブラックカラー。
はたして名前は「ネメシスプライム」か、「スカージ」か、それとも「ブラックコンボイ」か。今の時点でも十分フィギュアとして可動が優秀なファイヤーコンボイは持っているので、このユナイトラインG2オプティマス黒をブラックコンボイとして迎え入れたいと思います。いや、レーザーウルトラマグナスは結構です。
「知ってるか。あの歌な、128番まであるんだ」
*1:あるいはデビュー作
*2:間違って携帯サイトにリンクしていたので修正
*3:追記:cf. http://gogen-allguide.com/si/syojyo.html
*4:間違って携帯サイトにリンクしていたので修正
*5:僕の身の回りでは「黒人」という表現はあまり聞かない……というのはさておくとして――
*6:たぶん、この人は「黒人」という言葉にネガティブさを感じておらず、「黒人」といわれる人々に対し、別のある人々が「黒人」と苦々しく口にしながら抱くような嫌悪感も持っていないのだろうとは思う。
*7:も、もしかして我々は橙人か?
*8:下調べしたかったが時間がなかったのでとりあえず。あとで調べる。
*9:もじれてないような気がするのは気のせいです。