そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

「私」と「公」のあいだ(Twitterにおける情報選択の困難さについて)

Tweak

Twitter上で発言をフォロー(購読)している人が増えてきたからか、あるいは、フォローしている人たちがTwitterというメディアに「慣れた」せいなのか、僕の個人的な観測範囲内でもかなり直截的な性の話題が目につくようになってきた。

旧来型の受動系メディアでは、どんな情報の送り手がどういう情報を作るかを100%コントロールすることはできない。そのかわり、飛び込んでくる情報はある程度スケジューリングされており、そのことを考慮しつつ受け手が選ぶことはできる。本なら読む前に選べばよいし、テレビならチャンネルを変えればよい。

しかし、Twitterの場合、基本的に「この人の発言を追いかけよう」とフォローした人(アカウント)の投稿が一律にずらっと並ぶ「タイムライン」がコンテンツのすべてである。「常に性的な発言をする人を快く思わずフォローしない」ことはできるが、「自分がフォローする人が性的な発言をすることを押しとどめる」ことはできない。また、「自分がフォローしている人の性的な発言『だけ』を排除する」ことも難しい。

フォローした人にはその人なりの発言のルールがあるのだろう。それに従ってなにかしらつぶやいている。そして、なにかしらの性的な発言がなされる(こともある)というわけだ。おそらくその人にとっては、その発言がWebという公共の場にあっても問題ないという判断によるものだと思うし、あるテーマについての発言をタブー視し、萎縮してしまうとすれば、かえって問題のほうが多い。したがって、そうした発言そのものについてとやかく言うつもりはない。

ただ、個人的には辟易している。

Tweedy

Webメディアは、望む者には誰にでも開かれている。「不規則発言」などを除外する編集作業の介在しない、いわば「精製されていない情報」がそこにある。発言者の能力によって、じゅうぶん理性的な情報であることも、感情そのままの情報になることもある。そして、そうした情報が広く公共に(無制限に)流布するような時代はいまだかつてなかった。「だからこそよい」という人もいるが――そして僕もその通りだと思うのだが――いかんせん玉石混交。

現状では、ユーザーの側がツールに最適化することが求められている。プライベートとパブリックが曖昧になっていくなか、常時「プライベートな情報すら伝播させるパブリック」と接触することを「なんとも思わなくなる」という、ある種の無感覚状態になれなければ疲弊してしまう。これを回避するには、そのフォロー対象のリムーブ(購読中止)か、あるいはWebからの自主的な切断しかないのだが、人間関係の絡む前者も、いまや社会的インフラとさえいえるWebから自己を疎外する後者も、選択するには大きな困難を伴う。

Twit

しかしそもそも「発言の自由」をさておいて考えてると、性的な話題を公共の場に発することじたい、セクシャルハラスメントを生じさせる可能性がある。セクハラは受け手の感覚によるものなので、発言者の「これくらい大丈夫だろう」は通用しない。もしそこに「ナーバスすぎる」という批判がくるとしたら、それは開き直りだろう。電車でヌードグラビアを広げて「無視すればいいのに覗くほうが悪い」というのと、Webで性的な発言をして「無視すればいいのに見るほうが悪い」というのとどう違うのか。

実生活上の身体がプライベート空間にあったとしても、Webにアクセスするかぎり、知性はデバイスを通じてたちまちパブリックに晒される。「Webというパブリックのありかた」が充分に議論されていないなか、Webでセクハラ主張をすることが「観測範囲の自己責任」にされたとしても、それは「『セクハラへの対処』より『発言の自由』を優先しよう」というひとつの主張でしかない。

Twitterでなされるその発言は、自らの主義主張に基づき、後々まで批判に耐えうる言動であるのか、それとも、ただそのときの気分によってなされた単なる刹那的な感情の表出なのか――そうしたことを常に意識して振る舞えるようになることのほうが、「常時パブリック状態」にあって、いかなる情報を見てもものともしない無感覚さで自分を防御する能力を持つより、よほど重要のように思える(両方習得することに矛盾は生じないが)。

皆がそういうふうにツールに慣れていくなら、どれほどいいかと思う。


cf.

性的に不快なタイムラインに苦しんでいるという文筆家へ
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20090924

なにを見てもなにかを思い出す
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20090623

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*1:※このエントリは、Twitterへの投稿を(適当に)まとめ、補筆したものです。