そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

本に落書きする人は嫌いです


個人的な話をすると、僕の父はがさつな編集者だったので、我が家の本は耐久消費財扱い。ひどい扱われ方をしてダメになったらまた買いましょうみたいな感じだったが、僕は正直そういうのは嫌だ。70年も経ると紙でできた本なんかみんなボロボロになる定めなのだが、だからといって乱暴に扱っていいものだろうか。折り目をつけるとか線を引くなんてとんでもない。冗談じゃない。

そういうわけで、早く電子書籍端末が規格化されないかなーとは思っているのだが、なかなかうまくいかない。端末の価格とか、情報の供給方法とか、問題は山積している。紙の本ともまだまだ付き合っていかなければならないだろう。もちろん新聞紙とも(クリスチャン・サイエンス・モニターという〔名前だけは聞いたことのある〕アメリカの新聞社が、紙媒体での発行をやめると発表している。日本の新聞はどうかな?)。


東京版の朝日新聞夕刊(もちろん紙媒体)で、毎週木曜日に「日々是修行」、「正蔵のTOKYO歳事記」というコラムがあり、楽しみにしている。後者は(どうかするといまだに「こぶ平」と言ってしまうのだが)林家正蔵師匠のコラムで、11月6日付の話題は、浦沢直樹氏の漫画と流行りものと古本に関する話題だった。

簡単に紹介させてもらうと、『20世紀少年』が流行の兆しだが、自分は知らなかったのでちょっと癪だ。こっそり読んでやろうと思って古本屋に行ったがそこは人気作品。古本屋の人には次の引越しシーズンに来るんじゃないですかと言われた。ほう、古本の入荷にも時期があるのか、ということを知り、代わりに『PLUTO』(鉄腕アトムの浦沢流リメイク作品)を買った。これもまた面白くて一気に読んだが、なぜか最後のページにボールペンで「おめぇ だれだよ」という落書きがあった。誰が書いたんだろう、気になるなあ――というようなことだった。

仮にもこぶ……正蔵ともあろうものが、著者に印税の入らない古本なんか買うなよなあという気がしないでもないが、まあそれはさておき、似たような経験は僕にもある。


『ラグナキュール』という超マイナーなゲームがある(Macintoshで超つまらないアクションRPGを作っていた会社が製作したものだが期待に反してなかなか面白かったのでお薦めしないこともないけれども何しろプレステ1のゲームなので今やるとつらいだろうなぁ)。その攻略本を(すでに発売から年月が経ち絶版だったこともあり)古本で買って、なにげなくカバーをめくってみたところ、カバー裏の白地に、

いつまでも プー太郎ではいられない

などと書いてあった。

「知るかよ」としか言いようがないのだが、これはあれだ、きっと漫画だのゲームだのをためこんだ人が一念発起してそれらを売り払い、社会復帰しようとしたのだろう。その決意表明に違いない。そんなエピソードを、

『「準」ひきこ森 ― 人はなぜ孤立してしまうのか?』(樋口康彦著・講談社+α新書

で読んだぞ。(すみません。立ち読みなので引用ができません)


でもさあ、やっぱ売るんだったら書くんじゃねえよ。つうか書き込んだら売るなボケ、と思わずにはいられない。買取担当者は気付かなかったのだろうか。これじゃ僕が一念発起しても売れないじゃないか別にいいけど。ブックオフに行って105円で売られている古い雑誌を資料代わりに買ったら、よく見ると数ページまるごと切り抜かれていたりして腹を立てたこともある。まったくどういうつもりだ、こいつら。

加えてもっと腹が立つのは図書館の本にされた落書きなわけだが、これについてはもうすでに宮沢章夫氏がエッセー集『わからなくなってきました』(新潮文庫)の第2章「はじめに賢いものござる」に書いているのでそっちを読んでください。

その宮沢エッセイのオチも、林家コラムのオチとほとんど同じなのだが、今回面白いと思ったのは『PLUTO』にあった落書きそれ自体が、新しいオーナーを誰何しているというところだろうか。

面白いからといって、わざと瑕疵をつけたものを売って良い訳はないのだけれど。