そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

流言とデマとTwitter

 Webに真偽不明の情報を流す行為を「入会地の火遊び」とでも呼ぶのはどうだろう。

 そのうちすべてを燃やす。

流言拡散装置としてのTwitter

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。毎日毎日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

ある日のこと、おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からいくつもの大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。おばあさんは大喜びで桃を引き寄せました。しばらくあと、桃に混じって、「この桃は遺伝子操作で異常肥大させた桃です。猛毒があります。絶対に食べないでください」などという警告文が流れてきましたが、おばあさんは一刻も早く桃を持って帰ろうと洗濯の続きに夢中になっていたので、気づきませんでした。

桃を持ち帰ったおばあさんでしたが、あまりにも量が多かったため、ご近所にもおすそわけしました。たくさんの桃をもらったご近所の人達も、その美味しそうな桃をさらにご近所におすそわけしました。

ある家で、「猛毒のある大きな桃が川に流れてしまった」と知人から聞いていた家族のひとりが、桃を食べようとする他の家族を押しとどめました。その家族は他の人にも注意しようと、桃が誰に配られたのかを調べはじめましたが、そうしている間に、ほとんどの家で桃は食べられてしまいました。

 すでに言われていることだが、Twitterはすさまじい速度で「情報の拡散」を加速させる。

 電子メールやブログが一般化したときも同じようなことは言われていたが、メールやブログのエントリを書くのに30分〜1時間程度の時間を取られるのに対し、投稿文字数にして最大140文字しかないTwitterへの投稿は、早ければほんの数秒で可能。これは大きい*1

 Aさんのつぶやき(投稿)を、Aさんの10人のフォロワーがリツイート(転載)した場合に、その10人のリツイートを各々のフォロワー10人がさらにリツイートすると、ひとつのつぶやきがあっという間に100倍になる。リツイートにかかる時間が1分(実際は早ければ3秒もかからない)だったとして、単純計算で2分あれば100ツイート、3分で1000ツイートになる。

 そのつぶやきの「間違い」に気づいた数少ない誰かが、ひとりに指摘するとき、たぶん3分くらいかかる*2 *3


 収拾がつかない。


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※2011年7月5日追記
なんと、突如Googleリアルタイム検索が「Twitterとの契約期限切れ」になってしまったため、以下に書いたことが意味をなさなくなってしまいました。Twitter公式の検索やYahoo!リアルタイム検索は機能上制約があるため、代替できず。なんでも使い使い勝手がよくなるものとばかり思っていたWebで、「今まで当たり前だったことができなくなる不便」を味わうのはわりと珍しい……

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Googleリアルタイム検索がTwitterの流言を可視化する


 この5月から、Google検索で「google」と入力すると「google 左 うざい」とサジェストされるようになっている。検索結果にサイドバーが出るようになったためだが、しかしそう捨てたものでもない。とくに「アップデート(Update)」機能が目立つところにあるのが秀逸だ。

Google Japan Blog: リアルタイム検索が新しくなりました。
http://googlejapan.blogspot.com/2010/06/blog-post_21.html

 かねてから、Twitterについて「単に流言を伝播させるだけでなく、流言がいかに伝播するかを記録して社会学的興味を満足させるツール」などというようなことが言われてきたが、リアルタイム検索の機能強化により、コストをかけず発言を時系列順に追いかけることができるようになった。

「いつ発言が始まったか」、「どれほどの速度で拡散したか」、そして「いつ収束したか」、すべて一目瞭然になる。

 あるフレーズを選択し、右クリックしてブラウザの機能でGoogle検索。検索結果画面の左サイドバーから「アップデート」をクリックすれば、わずか3ステップで「流言検証画面」に変わる。


※2011年7月5日現在、下記リンク無効

"意味あるツイート数" 2010年 › 6月 › 14日

みの 駒野 国民 2010年 › 6月 › 30日

柔道 国会 優先 2010年 › 7月 › 11日

 この通り。


 最後の例を見てみよう。
柔道 国会 2010年7月11日20:43〜20:45 このあたりが境目になっている。

 リアルタイム検索によれば、民主党から比例区に立候補して当選した柔道家は、20時36分以前の時点でテレビ東京系の選挙特番において「国会と柔道大会の日程が重なった場合は、国会を優先する」という発言をしていたようだ。

 ところが、別のテレビ局の選挙特番がなにを間違えたのか、
http://twitpic.com/24dtnx
 というテロップを流していたらしい。

 それを見た人たちが、2010年7月11日20:44〜20:46のあいだに、

20:45:56 国会と柔道が重なれば柔道を優先ってwwww

20:46:07 民主谷候補「国会と柔道が重なれば柔道を優先」 えっ?

20:46:12 テロップ「谷候補、柔道と国会重なったら柔道」とかふざけんなw議員辞退しろ

20:46:44 国会と柔道が重なったら柔道優先します!って、ゆとりっ子かいっ!!

 などと発言しているというわけ(これらのつぶやきはテロップに対する反応で、悪意でもって候補者を貶めようというものではないことに留意してほしい)。

 20:45:56の(おそらく最初の反応と思われる)ツイートが20:47:53にはリツイートされ、以降、「テレビで流れたテロップ」に対するつぶやきの伝言リレーが繰り返されるうち「候補者本人の発言」として扱われていく(候補者本人が実際に「国会より柔道を優先する」と口にするシーンは誰も見ていないようだ)。

 このように、時間に沿って投稿を追いかけていけば、「真偽不詳・保留」とされていた情報が「確定のもの」として扱われるようになっていくのがわかる。「これって本当なの?」「本当だったらひどいね」という、元情報の信憑性に向けてのつぶやきが、情報そのものを事実として扱ったうえで批判するつぶやきとして受け取られ、公式RT、非公式RT入り乱れてソースロンダリングされていく。

 結果として、多くの人が、単に情報の仲介者になったつもりで「嘘」の伝播に加担したことになってしまうのである。

覆水盆に返らず(再)

 先の参院選挙当日、翌日のレポート提出を控えて午前中に投票を済ませた筆者が、「さあ書くぞ」と張り切る夢うつつにTwitterのタイムラインを眺めていたところ、10時30分ごろに、「国会より柔道」のフレーズが目に入ってきた*4。それで少し目が冴えた。はっきり言ってスポーツ選手の立候補に好意的な印象はまるでないが、いくらなんでもそこまで軽率な物言いをするというのは考えられない。

「またどこかのお調子者がデマを流しているのではないだろうか?」

 と、Google検索のUpdateに「国会 柔道」と入力。

 検索の結果を見ながら、

 つぶやきつつ、三つの「情報の取っ掛かり」を得た。

  1. この候補者は、すでにテレビ東京系の選挙特番で「柔道より国会を優先する」と述べているらしいこと
  2. 「国会優先」発言のあとに、「国会より柔道を優先すると発言した」とするTwitterでの反応が出ていること
  3. 「柔道優先」はデマではなく、実際に「国会より柔道を優先する」という「テロップ」が流れたらしいこと
  4. (さらに:そのテレビ局が、よくテロップを間違えると揶揄されている局であること)


 四つだった。


 まあそれはともかく、「止められないな」で済ませていいのかという気にもなってきたため、この結果を受けて「とりあえずできることはやろう」と、テレビ局のテロップをキャプチャしたと思しき画像に「事実と異なるのでは」というコメントを残し、キャプチャ画像をソースとして「テロップが出た」という人に対し「テロップが出たのは事実として、本人が本当にそう言っているのかは不明であり、テロップがあるから本人がそう言っていると誤解を招く可能性があるため、言いかたを改めたほうがよいのでは」というメッセージを送り、テレビ局には「テロップが改竄されたものではないか」あるいは「テロップに記述された内容は事実か」を問い合わせておいた*5

 もっともこれは筆者の杞憂というか空回りだった。本件に関しては、テレビ東京の選挙特番で司会を務めたジャーナリストの「直言ぶり」がWeb上で妙に話題となっている。しかもそこで件の候補者の「柔道より国会」発言があったためだろう、「国会より柔道」に対する非難の収束も早かった*6。もちろんそうだとしても、取るに足らない誤情報が数時間ものあいだ多くの人のタイムライン上を駆け巡り、少なからぬ人が振り回されたのは事実である。疑問の声との比率は8:2か7:3くらいだったろうか。もしこれがあまり触れたがらないデリケートな話題だったとしたら、訂正の機会はより少なくなっていた可能性がある(この件でも、くだんのジャーナリストの「突っ込んだ質問」がなかったとしたら……? 結果どうなるかは、以前に書いたエントリでタモツ・シブタニの著作から引用したとおりではないだろうか)。

 皆がみな選挙特番を「はしご」するわけではなかろうし、いまだ信頼すべきメディアとして認識されているテレビに「柔道優先」の文字が出たら、ひとこと突っ込みたくなる気持ちはわからないでもない。しかしやはりそれは軽率なのだ。ネットユーザーひとりひとりがメディア(情報伝達者)としての機能を有するようになったいま、真偽不詳の未確認情報を振りまいてしまうことは、それ自体、Webコミュニティとしての「自傷行為」に相当するのではないか。


 Webに「自由」を得たネットユーザーが流言を押えきれないというなら、それは国家権力による干渉の口実にもなりうる。「公職選挙法が政治家のTwitter利用を認めない」程度で済んでいる今は、もしかしたらまだ幸運なのかもしれない。

「国会より柔道」という発言を受け取ったとして、その気になれば3分で「国会より柔道」発言を「流言」と判断できる。そのうえで、黙殺するなり、その情報発信元に指摘するなり、あるいは「『国会より柔道』発言は何かの間違い」という情報を発信することができるはずだ。悪意の込められたデマも、ちょっと慎重に調べれば、Webで得られる情報だけで虚偽であることを見抜ける。

 Twitterにおける情報の即応性を魅力としてあげる人は多い。しかしその「即応性」が3秒から3分、あるいは10分になったとして、「魅力」が色あせるほどに減じるだろうか。そのツイートに「情報の信憑性は発信者の責任において検証済み」という状態を含ませたとして、それでも十分に早い。

 そもそも、伝えようとするその情報は本当に皆に知らしめなければならないものなのだろうか? どんなささいな情報にも誰かを貶めたり傷つけたりする可能性があるのに、あえて他の人に伝えなければならないのだろうか? しかも、確証もないままに? 元情報がうっかり間違えていたら?

 その「うっかり」は、おちゃめでは済まないかもしれない。

 インターネットへの投稿は基本的にアーカイブされるもの。Twitterへの「つぶやき」もアメリカ議会図書館が保存しているという。わざわざ人類史に「軽率にも流言に加担し、大きな悲劇を招いたアカウントのひとつ」などと記録されることもなかろう。



参考:

twitterってやっぱ怖いツールだと思う理由 - what_a_dudeの日記
http://d.hatena.ne.jp/what_a_dude/20100528/1275039006


Twitterで起きたデマ流言まとめ - 情報の海の漂流者
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20100706/1278391137


Twitterで起きたデマ流言まとめ2 - 情報の海の漂流者
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20100707/twitter_dema2


アグネス・ラム 亡くなるという誤報騒動まとめ - アラッポ・カーロの備忘録
http://d.hatena.ne.jp/ArappoCaro/20100218/1266511544


「酒井さん遺体が摩周湖で発見」?? ツイッターで世界に広がる「デマ」 - J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2009/08/05046800.html


取り付け騒ぎもくろみTwitterでデマ流布 ベネズエラで - ITmedia News
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1007/09/news040.html


Socius_社会学感覚13流言論
http://www.socius.jp/lec/13.html

真実が靴を履く間に、嘘は地球を半周する

マーク・トゥウェイン

 じゃあ、次の新幹線の愛称は「うわさ」で。


補記:
誤情報の拡散ということについては、「疑似科学」「代替医療」など、専門的知識に関するものも考慮しなければならないだろうが、本稿ではそうした情報についての具体例はオミットしている。
こうしたトピックについて、疑わしさや根拠のなさやについてブログエントリなどで丁寧に検証している人もいるが、こうしたものについて理系センスゼロの筆者はまったく太刀打ちできないので、コメント程度でも口出ししていない(下手なことを書いて「後ろ弾」にならないように、といったところ)。わからないものについてはいっそのこと沈黙するか、さもなくば「わからない」ことを前置きしたうえで発言し、批判や反論があれば虚心坦懐に耳を傾けることが必要だろう(それがいちばんむずかしい)。この件についてはいずれ別のエントリで触れる。

*1:人間の反応できる速度としては、これが限界だろう。脳に直結した応答システムが開発されないかぎりは。

*2:もちろん、その指摘を見た他の人がどんどんリツイートしていけば、あるていど誤情報を打ち消せるだろうけれど。

*3:「誤情報の拡散も早いが、情報の訂正も早い」などという人はいるが、どうだろう。誤った情報を投稿した人が訂正情報を流さない場合もあるし、そもそもTwitterにおける情報は「蓄積されていくもの(ストック)」というより「流れていくもの(フロー)」なので、誤った情報を受け取った人が「流れてきた修正情報」を受け取れず(つまり見落として)、そのまま誤情報を投稿してしまうようなことも多々あるようだ(後述)。

*4:筆者がフォローしていた誰かがリツイートしたものらしい。あとで確認したものの、そのリツイートは解除されたらしく見つけることができなかった。だれがリツイートしたものかも不明。

*5:個別のアカウントにいちいち指摘するのは、時間的に無理そうだったのでやめておいた。

*6:ただ、流言が収束したあとで「流言そのものは受け取りながら、その流言が否定されたという情報を受け取れなかった人」が、ぽつりひとり批判の声を上げるような、喜劇とも悲劇ともつかない状況はあった。