そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

なにを見てもなにかを思い出す

via http://d.hatena.ne.jp/islecape/20090514/p1

case1

もう15年も前のことだが、「ナタ・デ・ココ」なる食材が流行ったことがあった。僕自身は子供だったので、どれほどの流行だったか肌で感じることはなかったが、それでも「ナタ・デ・ココ入りヨーグルト」はかなり食べたような気がする。

御多分にもれず流行は瞬く間に去った。ブームが去ったことを意識することすらなかったが、しばらくして朝日新聞(毎日だったかな?)にナタ・デ・ココ騒動を追ったレポートが掲載された。借金をしてまで揃えたナタデココ生産に必要なカゴだか箱だかを積み上げたフィリピンの生産者が恨めしそうにしている写真とともに、「流行の担い手が移り気なOLたちなどということは思いもしなかった」というようなことが書いてあった*1

今でもときおりカップヨーグルトの中に入っているのを見かけるが、その都度あの写真が頭をよぎる。無邪気にはしゃぐ人たちの影で翻弄される人生があるのだと。

case2

僕の両親は折り合いが悪く、子供の頃、ドラマで「パパはママになんと言ってプロポーズしたの?」などというセリフが出るたびに冷や汗が流れた。あまりにもありふれたシーンなので、ことによると両親のほうは気にもしていなかったかもしれないが、子供からすればたまったものではない。結婚記念日とか、婚約指輪とか、そういったエピソードは前もって避けた。それでも前触れなくいきなり出てくるのである。「プロポーズの言葉は?」

物語は最大公約数的に作られているだろうから仕方ないとはいえ、家庭内別居の重苦しい雰囲気のなかで育ち、「両親の結婚」というありふれたテーマではらはらする人間もいる――などということは脚本家からすればおそらくほとんど考慮の外だろう。そのようなセリフは十年一日のごとくメディアで再生産されており、ことによるとそれでつらい思いをしている子供が今もいるかもしれないと思うと心が傷む。

もしかしたら、誰かの何の意図もない(そして誰も気にすることもない)何げないひとことで、特定の誰かがなにかしら傷付いている、ということはありえるのだ。多くの人が憤り、擁護のために立ち上がることがないような表現――それは苦痛に思うその人が声をあげないかぎりわからないことだ。

multiple

性暴力表現を扱う作品を娯楽として楽しむ人がいる一方で、そういう表現がカジュアルに消費されることに苦痛を感じる人もいる。世の中は「そういった表現を楽しめる人」「そういった表現を気にしない人」に加えて「そういった表現の存在自体を知らない人」が多数派を形成しており、「そういった表現の存在に苦痛を感じる人」は少数派だろう。だから声をあげる。そして無自覚だった人が気づく。

しかし、自分が当たり前に使っている言葉、疑問を抱いたこともない行為が、ある日「差別的」とか「抑圧的」などと指弾されたとき、人は案外「なにをバカな」などと思うのではないだろうか(「プロポーズの言葉を親に尋ねるのは、不仲な両親を持つ子供への配慮に欠ける差別的行為であるため一律禁止」などと言われたらどうする?)。自分が罪の自覚も持たない抑圧者であり差別主義者だという「いわれなき非難を受けた」と感じ、それで反発が起きる。

そこには、聞きたくないことをrevealされたことに対する不快感がにじんでいるような気がする。「飯がまずくなることを言うな」というような感覚かもしれない。そして、そういう(わりと安易な)感覚での性差別的な作品の消費こそが問題にされるべきなのではないか(罪の意識なしに消費しようというその態度を)。ふとそんなことを思った。罪の意識を持ってなお性差別的な娯楽を愛好してしまうような人間性はあり得るが、そういう人は「まずい飯」でも食べなければやっていけない人だ。現実の被抑圧者を痛罵するとも思えない。

「まずい飯」と例えたが、実際のところ、あたりを見回せばそんな話ばかり。コーヒーやチョコレートは奴隷労働を、100円ショップは途上国搾取を、アニメは制作者の薄給を、大手メーカー製品は下請け孫受け搾取を想起させる。狭い鶏舎厩舎で太陽の光を見ることもなく加工されるブロイラーの運命はあまりにもひどいが、フォアグラはもっとひどい。フランスから莫大なエネルギーを投じて、わざわざただの水を日本に運ぶ。航路途中の渇水に苦しむ国をすっとばして、世界有数の水道設備を持つ日本に。

ミルの「満足した豚よりも云々」は豚に失礼なので言い換えるが、無知でいることはcrimeではなくとも、しかし自らの知性に対するsinではないのか。人間はおいしいご飯など食べられはしない。みんなで泣きながら苦い果実をかじるしかないのだ。

*1:wikipedia:ナタ・デ・ココにも「日本でのブームによる原産地への影響」という項目がある。