そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

恥はかかなかったがネタにはする

「十人並み」という言葉がある。辞書によれば、「容貌(ようぼう)などが人並であること」(岩波国語辞典第五版)とある。

僕はそれを長いこと「人並み以上」と勘違いしていた。しかし恥をかくまえに辞書で調べたため正しい用法がわかった。やれやれ良かった……

これからするのはそういう話である。だらだら書くのもなんなので3行でまとめておいた。あとは読まないでもよろしい。読んでくれればうれしい。


先日、妹が、

おひとり様物語(1) (ワイドKC)

おひとり様物語(1) (ワイドKC)

を買ってきたので読んだ。

などと言うと、それほど変には聞こえないかもしれないが、実際のところ谷川史子の漫画を買い始め、読み続け、本棚に収めているのは僕のほうである。僕が本屋に寄ったときには見当たらなかったので、別の書店で見つけた妹が買ってきたのだ。

最近はもうすっかり描線が均一になっちゃったなあ、まさかコピックマルチライナーじゃあるまいなあ、などと思いつつぱらぱら読んだ。女の子は部屋の電灯を交換するだけでも一苦労とな。そうですかそうですか。

それはよいのだが、途中で引っかかるセリフがあった。ヒロインがモノローグで自分を、

顔も十人並み(中略)ごく平凡な女子なんです(124ページ)

はて、この谷川ゼリフどこかで聞いたぞ。

ああそうだ、

王子様といっしょ! (りぼんマスコットコミックス)

王子様といっしょ! (りぼんマスコットコミックス)

だ。ちなみにこのころは明らかに丸ペン

日仏クォーターの王子様キャラに猛烈なアプローチをされるヒロインが、

何もかも10人並みの私の/何が良くてそんなに好きでいてくれるんだろ(83ページ)

とか言っている(アラビア数字の縦中横で「10人並み」というのも香ばしい)。

当時「おいおいおい。十人並みって自分で言うか。まったく集英社の編集は何をやってるんだ」と子供ながらに毒づいたことを思い出した。そしてまたこれだ。いったい講談社の編集は何をやってるんだ。

ところが!

念のため広辞苑を引いてみると、

【十人並】容色または才能が、ひとなみであること。

とある。

あれ? どういうことだ? 僕が間違ってると!? いやそんなはずはない。これはあれだ。広辞苑が間違ってるんだ! だってこれ第四版だもん。重いし高いしそうそう買い換えないけどなにしろもう第六版が出てるんだから岩波の連中もそろそろ自らの過ちに気付いて顔を真っ赤にしながら「いっけな〜いっ、てへ☆」とかいいつつこっそり訂正してるに違いないまったくうっかりさんめ。

とか思って家にある他の辞書を調べてみた。

しかし、

容貌(ようぼう)などが人並であること(『岩波国語辞典』第六版)

容姿や才能が普通であること.(三省堂『デイリーコンサイス国語辞典』第3版)

おっかしいなあ。

和英辞典も調べてみた。

十人並みの ordinary; average; common; mediocre(研究社『新和英中辞典』第四版)

ordinaryは「通常」、averageは「平均」、commonは「普通」、mediocreというのは初めて聞いたので英和を引いてみると、「並の, 平凡な; 劣った; 二流の」(研究社『新英和中辞典』第6版)。に、二流!?

どうなっているのだ。じゃあなにか。僕が、幼稚園の頃から辞書を引かされているこの僕が、「確信犯」「役不足」みたいな過ちを犯しているというのか!?

そして僕は真っ赤なアレに手を伸ばした。

〔容色・才能が〕ずば抜けてすぐれているわけではないが、また、そう見劣りもしない様子。(三省堂新明解国語辞典』第五版)

これだ! 子供のころに使っていた第三版も引っ張り出してみたら、やはり同じだった。「ずば抜けてすぐれているわけではないが」ってことは、ほんの少しはすぐれてるかもしれないってことじゃん! しかも「そう見劣りもしない様子」なんて言ったら日本人的な感性からすれば褒め言葉の部類に入るじゃん! おのれ新解!! 彼らの「動物園」解釈は大好きだが、これにはまったく遺憾の意を表せざるを得ない。

今回の教訓はこうだ。

国語辞典は5冊くらい必要。

宝箱を前にしたら、まず盗賊と忍者が罠を調べて、その上で僧侶とビショップとロードにカルフォを唱えさせるくらいの慎重さが必要ということである。

まったく言葉というのは厄介だ。たとえ間違っていても、大多数が使っていればいつのまにかそれが正しいことになってしまうわけで、僕は今回「十人並み」の世間的に流布している意味を危ういところで確認できたが、ぼーっとしてたら「十人並み」がいつのまにか褒め言葉になっている、なんてことだってあり得なくはないのだ。

いまどき「手をこまぬく」なんて書いて平然としているのは朝日ぐらいだが、そんな朝日ですら「ノムさん、ぶ然」とか書くのである。

類語辞典も手放せない。ちょっとでも怪しい言葉は代替語を探して使わないようにしなければ、と決意を新たにしたのでした。