そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

おしゃべりな爆弾

地下鉄二両目の乗客たちがいっせいに天井を見上げた。

「紳士淑女の皆さん、こんにちは。ごきげんよう。僕は時限爆弾です」

たしかに時限爆弾としか思えない形状の物体が張りついている。注目されたことに優越感を感じているらしい。弾んだ声で続けた。

「僕は五分後に爆発します。たったいま、この列車のセキュリティ支配に成功しましたから、皆さんはもう逃げられません」

居合わせた人々が目を丸くするのを見て、時限爆弾は満足そうにうなずいた。

壮年の男が真下から声をかけた。

「爆弾だって? 君、ちょっと目立ちたいからってね、冗談はやめなさいよ」

時限爆弾は過剰なまでに憤慨した。

「何ですって? 侮辱です! 名誉毀損ものです! 僕は確かに時限爆弾ですよ! 僕は桜田門到着の寸前に爆発して、公安どもが混乱に右往左往して、革命同志である僕の弟は国会議事堂を爆破するですよ! 疑うなら今すぐにでも爆発してさしあげましょうので、ご覧になるがいいのと違いますか!!」

ちょっと呂律が回ってない。それに日本語も変だ。男は皮肉そうに肩をすくめた。

「ほーう……要するに君はおとりの捨てゴマってわけかい? それはそれは!」

時限爆弾は憤慨を通り越して激昂した。

「し、し、失敬なッ! これは作戦を立派ですッ! 分担役割がfxBの各々に果たすべき与えるthen命令ですから(引数)始まらないのは序列されたif_によって条件ですッ!!

もはや何を言っているのかわからない。乗客たちは怯えながらも爆弾を遠巻きにすることしかできなかった。男への視線が、『余計な刺激をするな』と言っていた。

時限爆弾は気を落ち着かせようとしてか、大きく息を吸いこんだ。

「……僕は自分のためではなく、計画の成功のために、そのためにこの役をやっているのです。僕が弟より劣っているからではありません。父が僕をそーいうふうに作ったからです。でもね、僕が目を引くように爆発しなけりゃ、弟は永田町どころか、霞ヶ関にだって到着できないでしょ? つまり僕がいなけりゃあ目的を果たせないんですよ! したら僕が劣っているのではないのはわかるっしょッ!? 負け惜しみだなんて思わないでくださいよッ!!」

乗客たち全員が、そーいうのを負け惜しみというのではないかと思った。とはいえヒスっぽい時限爆弾が怒りに我を忘れて爆発するのはちょっとまっぴらなので、何も言わなかった。

時限爆弾も興奮した自分に気付いたらしい。少し恥ずかしそうにつけ加えた。

「あと、二分と三十秒です」

男は黙った。一分ちかく時限爆弾を観察するかのように見つめてから、「君の弟が警察に見つからずに爆発する……その計画の重要なプロセスを、君が担っているというわけだね?」

この言い換えに時限爆弾は満足した。

「そ、そうです。どうやらわかっていただけたようで幸いです。連中、しぶとさだけはゴキブリなみですから、念には念をいれるのです。その結果、議事堂は明日から無惨な姿をさらすことになるでしょう。ふふん、臨時国会だって中止ですね。皆さんに見せてさしあげられないのはまったくもって残念――」

爆発まで三十秒という時だった。得々と語る時限爆弾を尻目に、男はカバンから工具一式を取り出して脚立に乗り、目にも止まらぬ早業で起爆装置を解除した。

「んあーッ!? な、何すんですかァーッ!!」

パニック状態に陥った時限爆弾が天井から引きはがされた。

「どうも」男は挨拶した。「ゴキブリです」

弟と父は八丁堀駅で逮捕された。

   ≒

夕方のニュースは犯罪者心理に詳しいコメンテーターを招き、放送時間を拡大して事件を詳報していた。
「――というわけで、犯人の自己顕示欲の強さが今回に限っては幸いしたということのようですね」

CMまであとわずか。キャスターは残り時間を考えて無難に総括し、ゲストに向き直った。

「最後に今回の事件、どのように感じていらっしゃるか、お聞かせいただけますか」

「ええ。やはりね、これは教育の問題ですよ。とくに最近、命への畏敬を忘れたような事件が多いですから、若い人には何よりもまず自分の命を大事にすること、これを教えなくてはね。自分の命を粗末にするような輩に他人様の命を尊重しろったって、それは無理ですよ!」

とかなんとか言いながら、ゲストは上機嫌だった。テレビに出るのは好きだ。注目されるってのは、なんて気持ちいいんだろう!

「本日は御出演いただき、ありがとうございました」

と、キャスターがお礼を言った。

老不発弾は満足そうにうなずいた。