そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

悪夢のパターン/父との記憶

昨年のいまごろ、夜中とつぜん息苦しくなり、かつてないくらい心拍数が上昇した。

これは救急車を呼ぶべきだろうか、人生で4度目の――自分で1度、父親で2度……そして父は"2度目"はすでに死んでいた――とか思いながら、死んだあと見られたら恥ずかしい物をどうするかと朝まで考えあぐね、しかしそれでもまだ生きていたので、のろのろ徒歩で医者に行ったら、なんと「ストレスによる逆流性食道炎」と言われた。最近増えているそうな。しかし食道の荒れで心臓がおかしくなるなんて……!


以後"それなり"に健康である。風邪をひいても食欲は減衰しないし、勤勉によく働いて(働かされて)いるので不眠にも縁がなく、毎日非常によく眠れる(ただ、睡眠時間は足りてないようで、昼間も眠い)。


で、あまりにもよく眠れるので、それほどは夢を見なくなった*1。だいぶ疲れているらしい。


以前は、

こういうしょうもない夢を三日に一度くらいの頻度で見ていたのだが、最近は数ヶ月に一度レベルだ。


夢を見る回数が減ったぶん、定期的に見ていた悪夢にも、だいぶ縁遠くなった。

僕の見る悪夢には3つのパターンがある。

ひとつは、出席日数がギリギリなのに、体育の授業がある日に体操着を忘れた(あるいは数学の教科書を忘れた)というような、誰でも見そうな古典的なもの。

もうひとつは、「むかし僕が好きだった女の子に未練がましく会いに行ったら、あろうことか僕を好きだった女の子と一緒にいて(二人が仲がいいなんて知らなかった)、二人に射すくめられ言葉が出ない」という、過去の経験に基づくもの。

そして、「死んだ父が生き返っているが、今の生活に父を受け入れる余地がなく、煩わしく、邪魔に感じる」というもの……これは、目が覚めてなんとも言えない気分になる。


この日記ではたびたび言及しているが、亡くなった父は編集者であり、ライターであり、また零細出版業者であった。会社員などと比べれば自宅でも仕事をするなど在宅時間が長かったし、この世に生を受けてから、僕が最も長く時間を共有した相手は父であった(父と不仲になった母は、家庭内別居してたり実家帰りで置いていかれたりしたため、幼少時に一緒に過ごした印象があまりない)。もしかすると、父にとってもそうだったかもしれない(師匠にあたる人や友人とどれほど一緒にいたかにもよるが、四谷にあった事務所が人を雇うというようなことはなかったし……)。


それほど密接に、十余年の時をともに過ごした父が死んでいるのを発見し、その身体が灰になった夜に一人涙して、さらに十余年。気づけばもう父の声を思い出すこともできなくなり、

そしてふと気づいた。

もうすでに母や妹と暮らしている時間のほうが、父と過ごした時間より長くなっていた。そしてこれから先さらに、「父と一緒にいた時間」は、単純な時間の比率としては小さくなっていく……。


……。


それでも、僕の中で父の占めるうウェイトは、多少は色を薄れさせつつもこの先も極端に小さくはならないだろう。(ずっと一緒に暮らすわけではないにせよ)今や親と50年60年をともに過ごすような時代に、やや早すぎる別れではあったが、それが僕と父の特有の間柄。父の出演する"悪夢"も、このさき幾度となく見るのだろうが、(あまり望ましくはないものの)結局はそれも父との記憶ということなのである。




もちろん、他の人たちがこういう父子である必要はない。

たとえばブログで、あるいはTwitterで、幼い子の父親が「早く一緒にお酒を飲みたいなあ」などと書いているのを幾度となく見かける。

僕の父もそう言っていた。おつかいで買ってきた父にビールを注ぎ(小学生がビールだけでなくタバコも買えた。おおらかな時代であった)、つまみだけもらってもぐもぐと食べている横で、何度となく聞いた。


だから――僕のなかの意地悪な部分は「そんなふうに可愛いと思っていられるのは今のうち、だんだん言うことを聞かなくなって、思うような成績を取らなくなって、ひたすら髪の抜ける原因をどんどん作るだけかもよ」などと思わないこともないけれど、それでも――そうなるといいね、というふうに思うのである。



本当に、そう思う。



10歳になって待ちきれずに「まあいいからちょっとだけ」とかそういうのでなく、お父さんの方が20年ないしそれ以上ちゃんと生きて、それで父と子の関係を育むようにと。







ちなみに、僕はとっくに20歳超えてますがお酒飲みません。






(体育の授業に体操服を忘れてしょんぼり帰ったら、生き返った父がドリップコーヒーを飲んでいるという複合的な悪夢を見た夜――僕ではないある男性が、男の子の父親になり、たぶんそのうち「早くこの子と一緒にお酒を飲みたい」とか言い出しそうな予感とともに)

*1:見てはいるのかもしれないけど、朝 覚えていない。