そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

"日本"という国の新しいイメージ

※当初、この記事のタイトルを「"日本"という国の新しいイメージ」にしようと思っていました……(半分寝ながらのろのろ書いていたら、まさか荻上さんとタイトルが被るなんて

※2/26追記:けっきょく、タイトルを「海外からどう見られているか異常に気にする国……じゃなかったっけ?(仮)」から、「"日本"という国の新しいイメージ」に戻しました。

 そしてまた現在の自分を思うと、この日記中の自分は別人のごとくである。昭和二十年以前のそのものがあの当時は今の日本人とは別の日本人であったのだ。当時すでに、いまとは別人の逆上気味の私でさえ、戦争に対するものの見方は公平に見て私のまわりとはややちがうことを自覚していた。今ふり返って失笑ないし理解を絶するところは、他の人々にはもっと多量に存在していた。
 しかし、それはほんとうに別の存在であるか。
 私はいまの自分を「世を忍ぶかりの姿」のように思うことがしばしばある。そして日本人もいまの日本人がほんとうの姿なのか。また三十年ほどたったら、いまの日本人を浮薄で滑稽な別の人種のように思うことにはならないか。いや見ようによっては、私も日本人も、過去、現在、未来、同じものではあるまいか。げんに「傍観者」であった私にしても、現在のぬきがたい地上相への不信感は、天性があるにしても、この昭和二十年のショックで植えつけられたと感ずるところが多大である。
 人は変わらない。そして、おそらく人間の引き起すことも。

昭和四十八年二月  山田風太郎 (戦中派不戦日記 (講談社文庫)*1のあとがき)


思いかえすに第一次安倍内閣は「お友達内閣」などと揶揄され、そのいかにも人選に難のありそうな評判にたがわず不祥事の多い印象のある政権であったが*2、現行の第二次安倍内閣もメディアを賑わせることにかけては負けていない。しかしその"性質"はかなり違うように思える*3


以下いちいち説明しないが、安倍首相のもと自民党がまとめあげた改憲案、特定秘密保護法案の「首相が第三者機関」ときて、憲法解釈の変更について「政府の最高責任者の私が責任を持つ」発言。(いちおう)法学と政治学をかじった者としては、これだけでもう見事に三球三振した感じだ。

おまけに首相は、自分も受けたはずの「戦後教育」にも問題があると主張し、それを"正す"ことこそ自分の使命と捉えているふしがある(そんな問題のある教育を受けた国民に選ばれた議員って……)*4。首相の言うところの「戦後レジームからの脱却」の地ならしといったところか。この人は名字を継いだ父方の祖父の記憶を持たず、母方の祖父を追慕する傾向が強いようで、同じように「祖父」というと父方より母方のほうをよく知っている僕からすればわからないでもないのだが、彼のその母方の祖父の人のことを考えると、それで政治をやられるのはちょっとなあと内心思っている。

そうして首相は信念のゆえか靖国神社に参拝する。心情的に嫌がる中国や韓国はもちろん、アメリカからさえ不興を買った。アメリカの不快感は地政学実利的な理由もあるのだろうが、そもそも「戦後レジーム」というのは、アメリカをはじめ、"邪悪なファシズム"に勝利した国々の敷いたレールによるところ大であるし、おまいらそれに乗っかったのではなかったのか、くらいのことは思っているだろう。

ところで、2013年の夏頃から『艦隊これくしょん』という、上記のようにかつての大日本帝国の版図を前提として、異形を相手に帝国海軍艦艇そのまんまの名を持つ少女型兵器が戦ったりプレイヤーの化身であるところの提督と結婚(仮)したりするブラウザゲームが流行していて、ついに空の『ストライクウィッチーズ』、陸の『ガールズ&パンツァー』につづいて大海原もオタクサブカルチャーが制覇し、いかに『陸上防衛隊まおちゃん』が時代を先取りしていたか*5

話が大幅に横に逸れそうなので、艦これに斬りかかるのはやめてむりやり本題に戻そう(0回ヒット)。オタクカルチャーだけではなく、いわゆる一般層向けのサブカルチャーでも、『永遠の0』という神風特別攻撃隊をテーマにした小説が400万部を超え、それを原作とする映画化も観客動員数500万人を突破するなど順調な興行成績を上げている。この作品に感銘を受けたという首相の肝いりで、その作家がNHKの経営委員に選ばれ、今あちこちで放言を繰り返している。もともとその傾向が強い人と聞こえていたので驚きは全然ないが、これまた中韓だけでなくアメリカの神経も逆なでするかのような内容で。

そんな経営委員のほか、新聞社の社長の目前で自殺した右翼に酔いしれて追悼文を旧仮名で書いてしまう過去を持つ経営委員*6もいるNHKというのは、なんと「日本のBBC」を自認しているらしい*7志の高い放送局なのだが、新任のNHK会長は就任早々「どこの板にいたんだ?」的な歴史観を披瀝し、インドネシアで女性が慰安婦にされたオランダにも流れ弾を打ち込む始末である。もちろん日本のBBCはそれを批判しない。

というか、批判の前にそもそもその事実を報じたのだろうか。オランダでどう報じられたかは知りたくない。


そのほかにも、首相補佐官は「日本を大事にしないアメリカ政府の対応に失望した」とYouTubeで広く主張する動画を公開してすぐ削除。それから内閣官房参与WSJ紙のインタビューで……(本人は今のところ発言を取り違えられたと否定しているけれども)……もういいか*8

これらは、お金や女性やばんそうこう*9とは違う。みなが同じ旗(もちろん日の丸だろう)を振りかざしながら同じ方向へと突っ走っているように見える*10。僕などからすればたいへん奇異な光景に映るのだが。



いっぽう政治の世界から身近な生活の場に視線を戻してみると、

こんなことをつぶやいているあいだに、図書館では『アンネの日記』や関連書籍が破かれていたという。

言うまでもないことだが、かつてのナチスドイツの同盟国である日本で。しかもどういうわけかヒトラーの生誕パーティーをしようとか言い出す人も出る始末の日本で*11 *12

こうして挙げてきた事例をひとまとめにパッケージングして「今の日本のトレンドは、こう」と紹介したら、誰に対してもいい印象は与えないだろう。

カミカゼのごとき自爆攻撃を平気で行うような異様なメンタリティを心ひそかに賛美しつつも経済大国となった悪の帝国が、長きにわたる"世を忍ぶかりの姿"の仮面をついに取り払い、耐えに耐えた隷従の、その屈辱に対する復讐の刃を西欧社会に突きつける!」とか、そんなこと考えてる日本人なんぞおらんと、われわれは笑って言えますがね*13

「"日本"という国の新しいイメージ」が、こういうものになってしまうと―――




「日本人民と中国人民はともに日本の軍国主義の被害者である」というのは日本への戦後賠償を求めなかった中国の言。当時の人には、まあそういう側面もあろう。教育水準も高くなかったし、メディアリテラシーも高いとはいえず、なによりある意味「はじめての経験」だった。

しかし、であればその「騙された被害者たち」の子孫である日本国民は、騙しにかかる「権力」というものに対する懐疑を常に抱くべきであるし、そうして騙した権力が好き勝手した結果を、過去を通じて学ばなければならない(だいいちその「権力」を、いまでは成人した国民全員を有権者とする選挙によって選任している)。われわれの父祖が「大切な人を守りたい」とか言ってけっきょく帝国主義政策に助勢するような(マイルドに言うと「協力させられるような」)国際情勢において視野の狭い人たちであったとして、その心情はともかく、自分の目の届かない大きな抑圧を見逃した身内意識は、とても賞賛されるようなものとは思えない。悲劇である。

彼らは"免罪"されたが、その免罪は「知ること」を期待し、かつ命じている。

われわれ子孫は「父祖の罪」で糾弾されるのではない。この、"父祖の行為"を直視しないことによって、あるいは過小評価することによって、"免罪の前提"である「知ること」を拒む態度がまず批判される。


日本が70年もの時間を費やしながら何も学ばず、無知を脱せぬまま、今になってもういちどなにか過ちそうで不安だと、そろそろ全方位からそう思われはじめているような気がしてならない。そして、いま話題の渦中にある人たちの言動は、見事にそれを助長しているようにしか見えない。

次に過てば、もう「愚かだったから、仕方ないね」と慰撫されることはないだろう――



ということで、最後に、第43代アメリカ合衆国大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュのスピーチを引用することで、未来への深い戒めとしよう(最近このパターン多いぞ)。

〈2002.9.17 テネシー州ナッシュビルでのスピーチ〉
テネシーに古い言い伝えがあります……テキサスにあるのは知ってるんだけれど、テネシーだったかな……その言い伝えとは、「だましたな…(3秒沈黙)、はじを…(4秒沈黙)…恥を知れ。……(6秒沈黙)だましてよ……もう絶対にだまされない!」

まどか☆マギカの台詞とかいろいろごちゃまぜにしたみたいだな。過去に学ぶことは本当に大切なのである。
※引用元の編者による解説:「実際は"Fool me once, shame on you. Fool me twice, shame on me."(私を一度欺く者には恥あれ、私を二度欺くことあらば私に恥あれ)と言うはずだった。しかし言えなかった」

*1:昭和60年8月15日第1刷 530〜531頁

*2:と、ちょっとWikipediaを見たら「不祥事」の項目が立っていた http://ja.wikipedia.org/wiki/%e7%ac%ac1%e6%ac%a1%e5%ae%89%e5%80%8d%e5%86%85%e9%96%a3#.E4.B8.8D.E7.A5.A5.E4.BA.8B 。ついでに見たら麻生内閣でも立っていたが http://ja.wikipedia.org/wiki/%e9%ba%bb%e7%94%9f%e5%86%85%e9%96%a3#.E4.B8.8D.E7.A5.A5.E4.BA.8B

*3:ところで一次内閣の不祥事では、やはり赤城農水相(当時)の"ばんそうこう"が(体質によるものという話なので、これを言っていいのかどうか)、受け答えのかたくなな態度とあいまってあまりにもユニークで記憶に残る。そもそもその前任だった松岡農水相の現職大臣初の自殺も大きなスキャンダルだし、柳澤厚労相の「生む機械」発言、久間防衛相の「原爆投下しょうがない」も、自分の管轄に関わることでなに言っとんねんという感じはあった。本間政府税制調査会会長が公務員官舎で愛人と同棲していたなんて話はすっかり忘れていた。

*4:ちなみに直近で「安倍首相"戦後教育はマインドコントロール"」などという話が出ているが、首相は「戦後教育のありかたを後の政権が見直さなかったこと」を「マインドコントロール」と主張しており、「戦後教育がマインドコントロール」とは(まだ)言っていないようだ。

*5:我ながらなんでこんなこと知ってるのだろうか、と思ったら、そういえばアニメが『朝霧の巫女』と一緒くたに放映されていたなあ。

*6:id:torabaさんに、この人は「普段から旧仮名遣いですよ」 http://b.hatena.ne.jp/toraba/20140227#bookmark-183612918 と指摘されて気づきましたが、この文章は「右翼に酔いしれて、それゆえに旧仮名」というふうに読めます。が、そうではなく「右翼に酔いしれて書く、しかも旧仮名で」というつもりでした。普段から旧仮名使いを使っている方々には申し訳ありませんが、そういう揶揄です。

*7:ほんとかどうかは知らないが、そんな話をなんどか。

*8:この記事を書いている途中も、またこの記事を書き終えてから数週間も、政府・与党周辺から首を傾げすぎて筋を痛めるくらいの発言が出てきて、やけになっていちいち全部書きだそうかと思う気持ちと、ちょっとこれほんとにまずいんじゃないのかと嫌になって寝たい気持ちが伯仲しているくらいだ。この時代の新聞が強権化した政府によって闇に葬られなければ、あとで追いかけられるだろう……

*9:これを言っていいのかどうか(2回め)

*10:正直いって、森元首相のスケート発言で「この人は平常運転だな」と感じたくらいである。この人も安倍首相と主義主張はそんなに変わらないと思うけど……

*11:杉原千畝が上昇させたユダヤ人の好感度ゲージを叩き壊すような振る舞いだが、まあ杉原千畝は"日本人"というよりは"ひとりの良心の人"という感じだから日本人への好感は幻想だったってことかな。

*12:しばらく前に一騒動あった『はだしのゲン』に対するクレームもまたちょこちょこ出ているようだ

*13:冒頭引用した山田風太郎が日米開戦時と終戦時のさまざまな当事者などの日記をまとめた『同日同刻』などを読むに、真珠湾攻撃の報を受けて「見たか積年の恨み」とか、そんなふうな快哉を叫んだ人は結構いたらしい。

*14:フガフガ・ラボ編 2003年2月10日 初版 086頁