そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

千円札は拾うよね

三年前の日記から(一部補筆);

何か落ちてる。

あ、千円札だ、とか思って何げなく手に取ってしまったのが運のつき。たちまち責任がのしかかってしまったことに気付いた。

拾ったのは集合住宅の共用部階段。僕は基本的にエレベーターを使わないので、階段に立てかけたように落ちていた千円が目に入ったのである(階段を降りる人は気づかないだろう)。管理責任は住宅にあるのだろうから、管理人に報告に行かねばならないわけだ。たったいま昇った階段をトボトボと降りていく。

ところが管理人は「面倒くさいなあ」ときた。そりゃね。一千万円の入ったカバンならともかく、たかが野口英世一枚。

話にならん。仕方ないので一時預かる。

……もしかしたら孔明公安の罠で、拾得物横領とかいって別件逮捕されないだろうか。ハラハラ。

帰宅して家族に経緯を話すと、「またそんなもの拾って」と言われた。ちなみに、昔ボランティアで分別してない空き缶を拾って帰ったときもそんなことを言われた。交番に届けるつもりだと言うと、どうせ邪険にされるだけだからコンビニかなんかに寄付しろと言う。いかに善意の寄付でも、それはちょっと。

そういうわけでいちばん近所の交番に出向く。小道に入ったところで私服警官に囲まれないだろうか。ドキドキ。

派出所では、とっくに定年退職してるような感じの、かなりお年を召したお巡りさんがテレビを見ていた(あとでわかったが嘱託かなにからしい)。

お忙しいでしょうか、と恐る恐る聞けば、「いや暇だよ」と言う。

落とし物の旨を告げると、慣れた様子で書類を用意する。事情が多少ややこしいので説明。千円札が落ちていたのは住宅内の敷地で、本来ならば代理人が届け出ねばならないのだが、管理人は拒否した。それを僕が独断で持ってきたわけで。

老人はしばらく思案した。

「じゃあ、こうしよう。あんたは敷地の外、道ばたで拾ったことにする。お金をどこで落としたかなんて、わかりっこないから」

「道ばたで……。でも、張り紙をしようと思っていたんですが、階段のところに」

「それはやめたほうがいいね。欲しいって出てくる人がいるから」

「だって千円ですよ」

「五円十円でも出てくるよ」

「落とした人が千円なくして気付かないほどのお大尽ならいいんですが、子供だったら」

「子供だったら届け出ると思うよ」

それはそうかも。

けっきょく言われた通りにした。

ちなみに、仮に落とし物がもとの持ち主に返った場合、届け出者の住所氏名を教えるかどうかを聞かれる。落とし主が「落とした財布の中身より少ない」などとクレームをつけるためのものかと思いきや、礼状や電話のためだとか。でもこのシステム、今となってはためらいを感じるものである。僕は匿名希望で。

公示期間十四日と六ヵ月を経て、紛失者の所有権は消滅する。拾得者の権利は放棄した。寄付かなにかできるシステムでもあればいいのだが、国庫に入ってしまうわけ。この国の借金を考えると雀の涙にもならないけど、ほんの気持ち。

お巡りさんの字がやたら達筆で、署名をするときはなんとなく恥ずかしかった。ペン字を練習しようとそのときは心に誓ったが、もちろん家に帰りつくころには忘れた。困ったもんだ。

幼稚園のころ10円を届けて褒められて以来、拾ったお金や財布はちょくちょく届けている。拾得物の情報はネットワーク化され、どの交番に届け出てもすぐわかるようになっているので、何かなくした人はあきらめずに届け出てください。

ただしこの出来事は(最初にも書いたとおり)三年前のことなので、今回の件に関しては届け出ても無駄です。