傍観と加担と
彼女は黴菌あつかいされていた。
僕が通っていた小学校は、ごく普通の公立校だった。ただ、その「ごく普通」は、僕にとっての「ごく普通」であって、他の人にとってはそうではないかもしれない。
その小学校は、学級崩壊などない、(たぶん)給食費の未納などない、髪を染めたり化粧をしたり煙草を吸ったりする子のいない、そしてどこからか電車通学で通ってくる子がいるような、普通の公立校だ*1。
良い子たちの通う学校なのだった。
悪い子と言っても、せいぜい机のなかにプリントを突っ込んだままにする、宿題をしない、ノートをとらない、授業を時々さぼるといった程度の、ADDぎみの子どもがいるぐらいだった。先生はその「問題児」を居残らせて、君は成績も悪くないのに、どうしてそんなふうなの? などと聞いたりすることに忙しかった。そんなこと僕が知りたい。
うわべは平和だった。
しかし、理由はまったくわからなかったが、ある女子が大多数の生徒からなにかネガティブに特別視されていた。転入してからしばらくして、僕もそのことに気付いた。特定の誰かが、彼女に対してなにか具体的な嫌がらせをしているというわけではなく、なにかにつけて彼女を揶揄するような「空気」があった。
ある日、体育の授業が終わったあとで、僕が使っていた審判用の笛をクラスメートのK君が見て、
「これ、前にあいつが使ってたんだよ」
そして、うがいをする僕に言った。
「まあ別に大丈夫だよ、そんなに一生懸命やんないでも。伝染ったりしないから!」
K君はちょっと貴族ふうになよっとしたそれなりの優等で、いくぶん服装などに気取った感じはあったけれども、決して悪い人間ではない。
ただ、だからこそ「伝染らない」と言う彼の笑顔がひどく印象に残った。そしてあろうことか、僕は彼女に、彼女がなぜそのような扱いを受けているのかを聞いた。
「どうもよくわからないんだけど、なんか君のこと嫌っている連中がいるの?*2」
「私もわかんないよ、どうしてか。でも負けないんだ。休んだりしたら、向こうの思うつぼじゃない」
僕はそれ以上深く追求しなかった。いま思い返すと、つくづくそれは適切でなかったと思うのだが、それっきり彼女とは二度と言葉を交わすことがなかった。
僕は僕自身の問題を対処することにかまけていた。当時僕は家族関係で大きなストレスにさらされていたが、それを一人で抱え込み、学校は最低限の社交で済ませていた。他の誰に対してもそうだったように、彼女に対して僕が関心を持つことはなかった。
そのあと、僕と彼女は同じ中学に上がったが、クラスが違う彼女とは顔をあわせることもなく、そのまま月日が流れ――
大学から少し離れたとある小売店に入ったとき、レジに彼女がいた。小学校のころとほとんど変わらない姿で。
「袋、いりません」
「わかりました」
「……」
「***円になります」
「レシートをいただけます?」
「ありがとうございました」
「お世話様」
かぼそくかすれた彼女の声は、ほとんど聞き取れないような小さいものだった。伏し目がちだった。僕は過ちを犯したのかもしれないと、そのとき思った。
それから幾度かその店を利用しているが、彼女の姿は見ない。