そこにいるか

個人的な体験、その他の雑感

完成未定稿をばんばん書く試み

Twitterに書こうと思ったが、長くなりそうなのでひとまず書き出して140字ずつに分割して、ツイートごとに切り出された時もなるべく誤解のないように、いやこの順番はおかしい、でもこれだと話つながってないな……と、よく考えたらそこまで苦心してTwitterにこだわることもなかった。ということでざっと書き出す。


10月5日付の朝日新聞の朝刊に「難民と移民の違いとは?」という読者からの質問があり、国際報道部の人が一通り説明したあと、例の首相の難民支援後の記者会見に触れ「難民について聞かれましたが(略)移民のことを答えました」と、ここぞとばかりの死体蹴り。しかし蹴られた本人は自分が死んでいることに気付いてないと思う。

そんな折、難民と思しき子供の写真をトレスしたイラストに「移民として先進国に入り、その福祉にぶら下がろう」的なセリフを入れた画像が批判を浴びていたので、2周回遅れくらいでちらっと見た。別に見るつもりはなかったが流れてきた*1

……しかしこの画像を作った人、いったいどういうつもりで「わたしは性格がひねくれ曲がっています。軽蔑されたくてたまりません」などと主張しているのだろう? 自罰趣味なのか? と思ったが、もちろんそうではないのだろう。このメッセージを見て作者の意図に同意し、共感し、あるいは危機感を募らせ、ともに声を上げる人がいることを当て込んでいるのだ。そんなには多くないと思うが、そのごく少数の「わかっている人」の賞賛を求めている。


話は変わるが、「もう田舎のインフラは持たない(だからスマートシティだ)」というような話は僕が知るかぎりでも20年くらい前から言われている。そのような、老人が不便な自分の家に固執したり、好き好んで不便を脱しようとしない者にリソースを割く余裕はもはやない…といったような程度の感覚と、首相から絵描きにまで及ぶ、難民と移民を無知か意図的にか混同する感覚とに聞こえる通奏低音について思うところがある。



母方の祖父が亡くなった時、その子供である兄妹はまったく揉めなかった。資産家というわけではないが、世の中にはあきれるほど些細な額で骨肉の争いが起きるとも聞く。それはそれは仲の良い兄妹なのである。ただ、家と土地をどうするかという話にはなった。祖母も亡くなって長く、非常に狭く古い家だ。誰が住むあてもない。貸すようなものでもない。そこへ長男であった伯父の妻である伯母(この家にとっては他人)が「等価交換してはどうか」と言い出した。

その時、他人の提案を断ることが全くないといっていい大人しい母が反発した。母の兄弟も同じ意見で、結局家はそのままとなった。誰が住むわけでもない廃屋同然の家である。経済的な合理性で見れば、伯母の言うことはある意味理にかなっているのだが、しかし母たちからすれば生まれ育った思い出の家だ。



「飛行場を作るから土地を明け渡してほしい」「アメリカとの約束が安全保障上重要だし、基地が嫌ならそちらが出て行くべきだ」「原発事故が起きたのに、もうそんな土地に暮らし続けることはないのではないか」。このようなときに“合理的”に考え、そういうふるまいができる人は、もちろんいるだろう(そのようななんらかの社会的不条理に対し、なんらの抵抗をも示さないことの是非は、とりあえず本稿ではさておく)。


「自分は何のためらいもなくできる。であるから誰しもできるし、すべきだ」と考えるような人が、自らの合理性でもって「難民」の内心を忖度し、「さてはこいつら“あわよくば”というようなことを考えているな」などと勝手に怒っているのではないかというような気がする。毎度おなじみ惻隠の情がない(もちろん自分が試されていない段階で「自分にはできる」と居丈高になったりしてないか、という疑念もある)。



今では「空き家」に対する風当たりは強くなり、法律もできた。田舎の家はますます朽ちてゆく。伯母は内心「あの時ああしておけば…」などと思っているかもしれない。都市労働者の子として生まれた僕自身、生まれ故郷などというものを持たず、親の実家というものにたいする共感もなく、そうだったとしても一向構わなかったが、しかし「それを言っちゃあおしまいだよ」(cv.渥美清)ということは思ったものだ。

それで特に険悪になったわけでもないが、伯母のあの想像力に欠けた一言は、伯母にとって今どのような扱いになるのだろうか。当然の助言か、それともいい年してやらかした黒歴史か。

そして自分の息子より数段出来の悪い甥(当時10代)にそんなことを思われていた、なんてことを知ったら。

*1:ちなみに、同時進行的にコーヒーのCMも批判を浴びているがキーワードを見ただけで回れ右したので後はお任せします。